あしあと
僕の前に道はない  僕の後ろに道は出来る
高村光太郎 『道程』より
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おしゃべり家電
今年になってから、家の家電製品が次々と壊れていく。

まず最初は冷蔵庫、次にテレビデオのビデオ、洗濯機
そして、昨日リビングのテレビが壊れた。


テレビが壊れて分かったのだが、うちの家族にとってテレビは、家族団欒になくてはならないものとなっていたようだ。
テレビが話さなくなってうちの食事は、めっきり口数が少なくなったというより少ないということが浮き彫りになってしまった。

シーンとした中で黙々と食事をする。非常に重苦しい食事である。何か会話を探そうとするが、特に話す会話も見つからず、話したとしてもなんとなく盛り上がらずに終わってしまう。
結局聞こえてくるのは、茶碗を置く音だったり、お茶をすする音...

テレビをつけていると、楽しい笑い声が聞こえてなんとなく家族全体が楽しいといった錯覚に陥る。
食事中に笑うのは、テレビの話で家族の会話で笑ったことは無いような気がする。

テレビは、私を楽しませてくれる。しかし、テレビは所詮機械である。機械は人が動かすもので動かされるものではない。
その機械に人である私は、笑わらわされるというのは非常に滑稽であり、しかも、その機械によって家族の団欒という大切な時間を奪いとられて気付かないでいる。
なんとも情けなくお恥ずかしい話である。

この機会に、機械と距離を置いて見つめ直すことが必要なようだ。


テレビは話してくれる。だが、私の話は聞いてはくれない。
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